
CATEGORY
- 知る
受け継ぐもの、変わるもの 別府竹細工の今
生活の道具やお土産品として、そして芸術作品として、職人技が受け継がれ今日まで続く別府竹細工。材料である竹の伐採から加工、商品の制作、販売に至るまで、時代によって竹工芸を取り巻く環境は変化を遂げてきました。変わるものと変わらないもの、受け継ぐもの、なくなるもの、進化するもの。 別府竹細工のこれまでとこれからを業界の方々のお話から紐解いてみます。
地場産業として大いに栄えた竹細工
マダケの生産量が日本一の大分県では、籠やざるなどの竹製品は、日常生活に欠かせない道具でした。特に別府では、湯治客が滞在中に使用する生活用品や土産物として販売が盛んになっていったと言われます。その後、花籠や盛籠など、贈答品としても需要が高まり、デパートや百貨店で扱われるほか、工芸品の専門店も数多く存在したのです。
バブル時代、別府竹細工は最盛期を迎え、日本料理店で提供される器としての竹細工などもひっきりなしに注文があったそうです。しかし、バブル崩壊後は下火になり、竹製品の需要は下降の一途をたどります。現在は、最盛期から比べると生産量は減少していますが、コロナ禍等の危機を乗り越えながら、産地として伝統を継承しています。
バブル時代、別府竹細工は最盛期を迎え、日本料理店で提供される器としての竹細工などもひっきりなしに注文があったそうです。しかし、バブル崩壊後は下火になり、竹製品の需要は下降の一途をたどります。現在は、最盛期から比べると生産量は減少していますが、コロナ禍等の危機を乗り越えながら、産地として伝統を継承しています。


竹細工の基礎と技術を伝承する
1902(明治35)年、別府に徒弟学校が設立され竹の技術を習得する竹藍科が創設されました。県外の優れた職人等も指導者として招聘され、県内外から人々が集まり多くの技術者を輩出。現在でも全国で唯一の竹の訓練校として「大分県立竹工芸訓練センター」があり、数多くの職人を輩出しています。竹細工が産業として栄えていた頃には徒弟制度も盛んで、工房や職人が弟子を取って育てる環境が整っていたそうです。現在では「大分県立竹工芸訓練センター」で熟練の指導員に学ぶことができます。
別府では民間と行政とが協力して伝統技術を継承してきました。芸術作品を志す人、日用品などの商品を作る職人となる人などさまざまですが、別府のように、伝統工芸の担い手を多数輩出し続けている地域は多くありません。「別府の職人は大御所でも技術を隠さず教えてくれる」と話す若手もいるように、自らの持つ知識や技術をオープンにして後輩に託す、その文化も新しい作り手を育む土壌になっているのかもしれません。
別府では民間と行政とが協力して伝統技術を継承してきました。芸術作品を志す人、日用品などの商品を作る職人となる人などさまざまですが、別府のように、伝統工芸の担い手を多数輩出し続けている地域は多くありません。「別府の職人は大御所でも技術を隠さず教えてくれる」と話す若手もいるように、自らの持つ知識や技術をオープンにして後輩に託す、その文化も新しい作り手を育む土壌になっているのかもしれません。



竹細工を取り巻く現状
国の伝統的工芸品に指定され、担い手も育成されている別府竹細工ですが、原材料である竹材の不足が課題となっているそうです。竹は「伐り子」と呼ばれる人の手によって山から伐り出されます。竹細工に適した良質な竹を見極め、長さ15mを超える重い竹を斜面で伐り下まで運ぶ仕事は、想像を超える重労働。高齢化や、継承者不足によって、伐り子の数は減り続けており、また、伐り出した竹を油抜きする製竹所も減少している状況。全盛期には、製竹所に原竹を運び入れるため伐り子の順番待ちが必要だったほどですが、現在は竹材を入手するために職人が順番待ちをする事態も発生しています。


そして、業界の生産量が減少する中で、商品の生産体制も変化してきました。以前は、ひとつの工房が数十人の職人や編み子を抱えることも珍しいことではなかったそうですが、現在では分業体制の工房は少なくなり、ひとりの職人が商品を受注し完結させるスタイルが多くなっています。海外のファンも増加しているそうで、海外で商品の展示や販売、ワー クショップを行ったり、また、海外から竹細工を体験しに来たりと、国を超えた竹の輪が広がっています。
時代に合わせた商品づくり
近年、別府竹細工には、ホテルや公共施設の内装など、新たな需要の高まりも見られます。「用の美」を大切にする職人も多いものの、市場のニーズは、用途のある「もの」だけではなくなってきているとのこと。時代とともに変化するニーズに合わせ、新しいものを取り入れる柔軟な姿勢が求められています。「我々世代が新たな仕事を受け入れ、若い人や新しい人につなげていく。 それも大事な役割だと思っています」と話すベテランの職人の姿もありました。
昔は和室があり、床の間があり、花籠がありました。しかし今、純和風の部屋は少なくなり、畳はフローリングに、床に 座るスタイルからテーブル・イスの生活にと、時代とともにライフスタイルが変化しています。そこで現代の生活様式に合わせたランプシェードが考案されたり、同じ花籠でも大きさが小ぶりなものや色・形を変えたり、職人それぞれが工夫を凝らし新しいものも次々と考案されています。また、皮や布などの異素材と組み合わせたバッグやアクセサリーなど、作家、職人の感性やトレンドを生かしたファッションアイテムも多く登場しています。
販売方法も変化してきています。以前は竹細工といえばデパートや専門店で買うものでしたが、今では雑貨店やセレクトショップ、カフェやレストランなど個人店が多くなっており、その傾向は続いていきそうです。webからの通信販売も数を伸ばしているそうです。「作るものの大きさは変わっても、基本的な技は変わらない」「一度でも途絶えてしまえば、復活は難しい」竹の作り手たちはこの事実を知っています。時代に合わせて作るアイテムが変われど、別府竹細工の技術は脈々と受け継がれ、次の世代に伝えているのです。
昔は和室があり、床の間があり、花籠がありました。しかし今、純和風の部屋は少なくなり、畳はフローリングに、床に 座るスタイルからテーブル・イスの生活にと、時代とともにライフスタイルが変化しています。そこで現代の生活様式に合わせたランプシェードが考案されたり、同じ花籠でも大きさが小ぶりなものや色・形を変えたり、職人それぞれが工夫を凝らし新しいものも次々と考案されています。また、皮や布などの異素材と組み合わせたバッグやアクセサリーなど、作家、職人の感性やトレンドを生かしたファッションアイテムも多く登場しています。
販売方法も変化してきています。以前は竹細工といえばデパートや専門店で買うものでしたが、今では雑貨店やセレクトショップ、カフェやレストランなど個人店が多くなっており、その傾向は続いていきそうです。webからの通信販売も数を伸ばしているそうです。「作るものの大きさは変わっても、基本的な技は変わらない」「一度でも途絶えてしまえば、復活は難しい」竹の作り手たちはこの事実を知っています。時代に合わせて作るアイテムが変われど、別府竹細工の技術は脈々と受け継がれ、次の世代に伝えているのです。



特集 JOURNAL
-
受け継ぐもの、変わるもの 別府竹細工の今
生活の道具やお土産品として、そして芸術作品として、職人技が受け継がれ今日まで続く別府竹細工。材料である竹の伐採から加工、商品の制作、販売に至るまで、時代によって竹工芸を取り巻く環境は変化を遂げてきました。変わるものと変わらないもの、受け継ぐもの、なくなるもの、進化するもの。 別府竹細工のこれまでとこれからを業界の方々のお話から紐解いてみます。
CATEGORY- 知る
-
竹工芸を支えて百年以上。良質な竹材をつくり続ける「永井製竹」
別府温泉の総鎮守・朝見神社近くを流れる朝見川沿いに突き出た2本の煙突と、数十本もの竹が立てかけられた印象的な建物があります。そこは、別府で唯一、日本でも数少ない製竹所「永井製竹」。 100年以上にわたり、竹工芸の職人たちを支え続けてきたこの場所では、竹細工の原点ともいえる竹材加工が行われています。竹工芸になくてはならない竹材加工の技術とそれに向き合う人々の熱い想いをお伝えします。
CATEGORY- 知る